Tokumoto-Saori.com

Tel:090-1143-7418受付時間 10:00 ~ 21:00

徳本早織 プロフィール

同志社女子大学学芸学部
音楽学科演奏専攻卒業。
同大学音楽学会《頌啓会》特別専修生修了。
これまでに長山慶子、市川智子、太田里子各氏に師事。
バロックフルートを太田里子氏に師事。
草津夏期国際音楽アカデミーにてF.レングリ氏のマスタークラス修了。
東京国際芸術協会海外派遣生募集オーディションにて、マスタークラス受講費全額助成を受け、ウィーン国立音楽大学マスタークラスにて、S.コラーク氏のマスタークラス修了。修了コンサートに出演。
ディプロマ取得。
パリにてV.リュカ氏のレッスンを受講。ギゼラ・マシャエキ=ベア氏のレッスンを受講。
第19回日本クラシック音楽コンクールフルート部門入選。
第22回同コンクール受賞者披露演奏会にオーケストラ団員として参加。
第18回大阪国際音楽コンクール木管楽器部門Age-G入選。
第20回"万里の長城杯"国際音楽コンクール一般部門A 2位(1位なし)
広上淳一氏が指揮する京都市ジュニアオーケストラ卒団。
長岡京フレッシュコンサート、阪神淡路大震災十七周年祈念みやこフィルハーモニックチャリティーコンサート、第8回ドルチェ楽器新人演奏会、ムジークフェストなら等に出演。ハートフル・コンサートにて、フルートコンチェルトのソリストを務める。
在学中より木管五重奏の自主公演や、カフェなどの飲食店とのコラボコンサート、アンサンブルでのサロンコンサートなどの活動をしている。
現在は楽器店、音楽教室などでフルート講師として勤める傍らブライダル演奏及び、自身の演奏活動も精力的に行っている。
2016年2月に京都青山音楽記念館バロックザールにて(公財)青山財団新人助成公演での初のソロリサイタルを開催。
2018年3月に公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団より助成金を受け、2回目のリサイタルを京都市呉竹文化センター創造活動室にて開催。
宇治市生涯学習人材バンクフルート講師。





私は幼い頃から笛が好きで、近所の仲良しのお姉ちゃんにリコーダーを教えてもらってピーピー吹いてました。

雑貨屋さんで買ってもらった青とピンクのおもちゃみたいなリコーダーが私にとっての初めての笛でした。

4年生からは通っていた小学校の課外授業で音楽クラブがあり、そこでフルートを始めました。
サックスとかトランペットとか、かっこいい楽器も沢山あったのに、何故か私はフルートをやるんだと初めから固く決めていました。

でも何故フルートがしたかったのか、理由はあまり覚えていません。

しかもそのクラブにはフルートをちゃんと吹ける人がおらず、教頭先生がフルートを趣味で吹いておられたということで、教頭先生に教えていただいた記憶が微かにあります。笑

学年が上がるにつれ、だんだんと音楽クラブの人数が減っていき、発表会が恥ずかしくて、中学に入ったら違うことをしようと思っていたんですが、中学の部活紹介で100人近い部員数と迫力満点のマーチングを初めて見て衝撃を受け、どっぷり3年間吹奏楽部に所属しました。

上下関係もとにかく厳しい部活で、運動部と変わらないハードな生活でした。

夏のA組B組吹奏楽コンクールに出場しながらマーチングもしました。

マーチングでは3年間全国大会に出場し、武道館やさいたまスーパーアリーナで演奏しました。

しかもマラソン大会と時期が被り、10キロ完走してからその日のうちに東京に行って全国大会のリハーサルをし、翌日が大会なんてこともありました。。恐ろしいですね(^^;;

高校でももちろん吹奏楽部に所属し、マーチングをしていました。

私の高校は卒業生や外部からも所属できる一般バンドとして活動していて、そこでもマーチングで毎年全国大会に出ました。
武道館でフルートソロを吹いたのは今でも夢で見るくらい、いい思い出です。。笑

ちゃっかりリーダーになり、練習で指揮を振り、演奏会ではバラエティーステージの監督なんかもやったりしてました。笑

こんなにもずっと部活にどっぷりだった私ですが、ずっと中学生の頃から胸に秘めていた思いがありました。

「どうしても音大に行きたい」

中学生ながらいろいろ考えていた私は、音楽高校の学校説明会に行ったり、エマニュエル・パユのCDを聴いて感動したり、フルートやオーケストラのCDを買いあさったり。

どうしてもプロの先生にレッスンを受けたいと思っていて、なんのツテもない私はその時お世話になっていた楽器店にたまたま調整に来ていらっしゃったプロの先生に猛アタックし、中学にパートレッスンに来てもらう約束を勝手にして、本当に来ていただいたり(この先生に大学入学までお世話になりました)、

ただ、この時はまだ大好きな部活に全力を注いでいたので、部活引退までは思う存分マーチングをやりきろうと決心していました。

高校では勉強もして部活でリーダーもして、フルートレッスンに通い、音楽理論やソルフェージュのレッスンも。

もう大変でいっぱいいっぱいでした。。

部活がピークに忙しい時はレッスンを長期で休んで、「そんなに音大受験は甘くありません」と先生からお手紙をいただいたりもしました。

そして3年生の5月でようやく部活を引退。

先生に泣きつき、浪人覚悟でレッスンも見ていただけることに。

そして5か月後の11月。


同志社女子大学音楽学科の入学試験に臨みました。

実技試験の課題は、音階全調の中から当日指定と、エチュード、モーツァルトフルートコンチェルト1楽章の暗譜での演奏でした。

クラシックを人前で、たった一人で吹いた初めての本番が、入試。笑

足がガクガク震えました 笑


そして中学の頃から憧れていた、同志社女子大学音楽学科演奏専攻に奇跡的に合格することができました。

そして、大きな夢と自信をいだいて飛び込んだ大学生活。

しかし、
ここからが真っ暗闇の世界の始まりでした。。

とくに1回生の頃は、毎日泣いていました。笑

右も左もわからず。なんの知識もない私。

練習室から聴こえてくるライバルたちの演奏はみんな上手に聴こえる。

毎日劣等感しかありませんでした。

そしてレッスンではこれでもかというほど怒られ (きっと客観的に見れば愛のムチですが当時の私にはそんな余裕はありませんでした)、

もう半鬱状態でした。

毎日必死で練習し、朝早くから夜も最後の最後まで練習室にいました。

幸いにも素敵な仲間に恵まれ、だんだんと環境に慣れていきました。

影で支えてくださっていた昔からお世話になっている恩師の力も大きいです。。

そして2回生の頃、人生で初めて受けたソロコンクールでも奇跡的に全国大会入選し、それも自信になりました。

大学ではソロはもちろん、オーケストラをしたり、オペラ「フィガロの結婚」のオーケストラピットに参加したり、教職をとったり、充実した大学生活を送りました。

そして幸運にも、3回生の秋には楽器店でのフルート講師の仕事が奇跡的に舞い込んできました。

このフルート講師の仕事を通して、教えることは学ぶことだと実感しました。

なんとか自分の考えを言葉にして生徒さんにお伝えするために、テクニックや表現方法などをいっぱい詰め込んでは整理して、頭の中に沢山の引き出しを作っていきました。

有難いことに、最初に受けもった生徒さんが今でもレッスンに通ってくださっていることは、とても嬉しく励みになっています。


振り返るとほんとに忙しい人生で、いろんな人を巻き込み、多大なる迷惑をかけ、振り回してきました。。

きっと私だったら、私みたいな生徒、面倒見切れないと思います(^^;;

でも沢山の方々がこんな問題児の私にも、沢山の愛情を注いでくださったおかげて、今の私があります。


プロの音楽家なら、小さい頃から英才教育を受け、親も兄弟も揃って音楽一家なんて話もよく聞くので、いつもギリギリの状態で突っ走ってきた私の経験を公開することをずっと恐れてきました。


でも、そんな経験をしてきたからこそ色んな考え方に触れることができたし、私にしか表現できない音楽が生まれたし、私だからこそできる教え方を発見することができました。

これからもフルートと共に一歩一歩、成長していきたいと思います。

↑ PAGE TOP